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《共働学舎とはなにか》

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(1)競争社会ではなく協力社会を

いまの社会がこれでよいと思っている人は少ないと思います。
それではどこに間題があるのか、熱心に考えざるを得ません。個人の考え方やあり方には相違があっても、社会全体としては競争社会であることが根本的な問題であると思います。
人生の目的や価値の基準が競争原理に基づいている場合が多くあります。

競争がなくては進歩はないと考える傾向が強くあります。そして競争社会は当然勝者優先となり、勝者がすぐれた人であり、勝てない人は駄目な人、役に立たない人と思われ、知らず識らずのうちに差別と不公平の意識が生じます。これは何でも点数で評価して順位をつけなくては決着がつかなくなっている学校教育にも大きな原因があると思います。

教育基本法に人格、人権の平等が唱えられていても、ものわかりの悪い子供、要領も能率も悪い子供、勝負に弱い子供、規格に合わない子供、肉体的精神的に先天的疾患あるいは弱点を持っている子供は、どうしても重んぜられないのが普通になっています。
 その上、家庭を失ったり、親が子供を育む力が十分ない場合は、尚更のこと子供の困惑と不安は増大し、登校拒否や非行にはしるようになることは容易にうなづけます。
 まして体が不自由であったり、智恵おくれなどと言われて、本来弱者の立場を余儀なくされている人達が、競争のできる人達よりも大切にされるということは、教育の世界にすらありません。彼らははじめから特殊児童として、同情はされても程度の低い人問として扱われるのが現状です。

日本の社会では体の不自由な人にごく自然に手を貸し、その行動を優先的にすることが、まだまだ普通のことではありません。社会全体が余りに能率や効果のみを重んじ、人間そのものを深く見る余裕を失っている結果だと思います。
 教育の目的や体制がこの競争社会で有力に生きる人間を育てることに偏っている以上、白分の名誉や利益を第一とし、形式的資格や見栄を重んずる人間は多く生れても、他を重んじ、他と協力して生きようとする人間はなかなか生れてきません。
いわゆる弱者の上に強者が乗って造られているのが、日本の現代社会のように思われます。

多様である故に一致するときにこそ価値がある人間の生命を、可能性を見出しつつ育てるところに使命をもつべき教育が、そのあるべき姿から離れて全く別の方向に走り続けているいまの社会は、国の内外でそのうちに取り返しのつかない結果を必ず生ずることを憂います。

共働学舎は今の社会通念となっている点数によって評価される価値観ではなく、人間一人一人に必ず与えられていると信ずる固有の命の価値を重んじ、互いに協力することによって、個ではできない更に価値のある社会を造ろうと願うものです。


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