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(3)福祉事業への願い

こうした日本の社会の中で、福祉の仕事が先を急ぐ物質文明の落穂拾いの役割を果たすだけに終っているかぎり、科学技術の発達に比例する心身の障害の増加を止めることは出来ません。

  医学と薬品が発達するのに比例して病者が益々多くなるのは何故か。
  物質と知識が豊かなる世界に障害が増してゆくのは何故か。
  教育制度が進む程落ちこぼれと言われる生徒が増えるのは何故か。

これらの中に生命の深い謎が秘められていると思います。それを立法と行政で解決できるとは思えません。
 ところが、日本の現代杜会はあまりにこれに頼りすぎ、社会全体も家庭すらもわが事として考えずにどうせ仕方がないと考える傾向が強い為に、根本的解決を得られないままこの間題は拡大してゆきます。
 福祉事業とは、小鳥のために立派な鳥寵を作るようなことではないと考えます。扉を間け放しておけば小鳥は必ず外へ逃げ出します。生命あるものは、自由を求めることがごく自然であるためです。外に出れば必ず、餌を得ること、巣を作ること、外敵から身を守ることが必要になります。生命の自由には危険と苦労が伴うことは自然のことです。
 私達は、安全第一主義の管理社会よりも苦労を承知の上での自由な社会でありたいと願います。
現代社会では、数字の魔力が人の運命まで支配する程になってきています。知能指数というような非常に限られた基準のみで障害の有無を規定してしまい、学校でも施設でも分類して収容するという形以外の方法が殆ど考えられない現状を、人間としてのあり方、集団社会のあり方として本当にそれでよいのかと考えざるを得ません。障害者を安全管理することが福祉であるとは思えません。
社会の中でもっと自然な状態で、それぞれの個性と能力に応じてこれを生かす道がなければならないと思います。人間の価値を人間が測定できる側面のみで決めずに、それぞれ不完全ではあっても、弱くはあっても、与えられている力を積極的に生かし、互いに協力して喜んで自分達自身の力で生きる社会をつくることは、難しくはあっても出来ない筈はありません。
 それが生き甲斐ある生活となり、人間性を高めてゆくことになるならば誰にとっても意味のある生き方であることに違いありません。
福祉社会という言葉は盛んに語られ、実体なき福祉運動は多くあっても、人々の心の中にも社会体制の中にも、実際は差別がひどくあるのが日本です。
 肉体的、精神的、能力的、或いは境遇上の様々の差異はあっても、一人一人の生命力を出来る限り素直に伸ばせる新しい社会をつくりたいのです。そういう志をもった若者達や少年少女達の協力社会を、自らの手でつくりたいのです。それができるならば、この国の将来への一つの救いとなるのではないかと考えるからです。


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