共働学舎「構想」2

①《共働学舎とはなにか》

(2)手作りの生活を

この競争社会の一つの大きな特徴は異状な経済力偏重となって表われています。

消費社会は工場生産によって造られた物を買う生活です。最近は日用の食べ物まで、そうなっています。その結果、物が豊かになって、お金さえあれば何でも要求が満たされ、体を労さなくても済む便利な消費生活が普通になってきています。

 素朴な勤労生活の舞台は失われ、子供の世界の特権である自由な工夫と創造力を生かし育てる時と場所が無くなっています。機械文明を発達させるために、人間活動はあらゆる面で管理社会の組織と制度の中に埋没せざるを得ない程になります。

 そして気付かぬうちに考え方や人間関係まで打算的、機械的になり、一つの体としての血の流れは持てなくなってきています。

 そしてもっとも憂うべきことは、目に見えない存在を通して悟らされる真理よりも、目に見える物の価値を尊しとする考え方があまりにも強くなっていることです。

また自然の少なくなってゆく日本の都会生活では、四季の感覚すら人工的なものの中に消えてゆき、物質的富が子供達の体も精神も弱くするのに加えて、温かい心の通い合う会話と心の豊かさも奪ってゆきます。

共働学舎は勤労生活を重んじます。生きる為にはどんな人でも食物と住居と衣服が必要です。

これらを自らの力で作り出すことの喜びを味わうことが、生活の豊かさの大切な要素ではないかと考えます。その苦労が人間性を高く深く成長させると信じます。苦労はあっても、生きるものすべての本来の望みである生活の自由がそこにあります。創意と工夫がもたらしてくれる自主独立の手造りの生活が生じます。それぞれに与えられている個性と能力が生かされる舞台があります。この勤労生活は、近代社会の特徴とされる分業制度よりも人間互いの関係が親密になり、家族のような強い心の絆を必要とします。

 共働学舎は近代文明の象徴である科学技術、機械力を否定するものではありませんが、それによって人間性を乏しくするような用い方は厳しく慎みます。  そして、人間の造り出す物と人間自身の力の限界を深く知って天地の創り主を仰ぎます。この生産的勤労生活の中で神を愛し、人を愛し、自然を愛し、生けるものすべての生命を愛して生きたいと願います。

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